2026/07/22
ジュナ子は、なぜ吠える?
愛犬のジュナ子は、十四歳のミニチュアダックスフントである。
人間でいえば、もう立派なご婦人だ。
人生経験も豊富で、たいていのことには動じない。
……はずなのだが、よく吠える。
玄関の外で物音がすれば、
「ワン! ワワワン!」
宅配便が来れば、
「何者だ! 所属と目的を述べよ!」
僕が冷蔵庫を開ければ、
「その白い箱に、肉があることは分かっている!」
別に言葉が聞こえるわけではない。
しかし、十四年も一緒にいると、だいたい何を言っているのか分かる。
ある夜、ジュナ子が突然、窓に向かって吠え始めた。
カーテンの向こうには誰もいない。
風もない。
車の音もしない。
「どうしたん?」
僕が声をかけても、ジュナ子は窓から目を離さない。
ワン。
一度だけ、低く吠えた。
その姿は、何かを警告しているようにも見えた。
まさか泥棒か。
それとも、僕には見えない何かが立っているのか。
恐る恐るカーテンを開ける。
窓の外には、大きな月が浮かんでいた。
ジュナ子は月を見つめ、もう一度吠えた。
ワン。
もしかすると、年老いたジュナ子には、月の中に昔の仲間が見えているのかもしれない。
子犬だった頃の記憶。
若い頃に走った公園。
今はもう会えない犬たち。
「会いたいんか?」
そう尋ねると、ジュナ子は僕の顔を見た。
その目は穏やかで、少し寂しそうだった。
僕は胸が詰まり、ジュナ子を抱き上げた。
「まだ行ったらあかんで。もうちょっと一緒におってや」
ジュナ子は僕の腕の中で、静かに月を眺めていた。
しばらくして、彼女は小さく身をよじった。
そして僕の腕から降りると、窓ではなく、部屋の隅へ歩いていった。
そこには、空っぽの水入れがあった。
ジュナ子は水入れを見た。
僕を見た。
もう一度、水入れを見た。
「ワン」
月でもなかった。
思い出でもなかった。
ましてや、あの世からの迎えでもなかった。
水だった。
僕が急いで水を入れると、ジュナ子は満足そうに飲み始めた。
飲み終えると、彼女は何事もなかったようにベッドへ戻り、丸くなった。
その背中を見ながら、僕はようやく気づいた。
ジュナ子は、なぜ吠えるのか。
要求があるからでも、怖いからでもない。
十四年間かけて、僕をしつけたからである。
ジュナ子が一声吠えれば、僕は立ち上がる。
水を入れ、扉を開け、毛布を直し、おやつの場所まで確認する。
そう。
飼われていたのは、ジュナ子ではない。
僕のほうだったのだ。